2008年10月10日金曜日

第一話「おんなぐも」

「学校の怪談・イン・ジャンク都市」シリーズ

西暦20XX年、
爆発的に人口増加した日本は、無限とも思える耐久性と強度を持つ新素材発明の力もあり、建造物の上に建造物を建設することを認可。
それにともなって、道や道路も何重にも複雑に絡み合い、都市は立体的な迷路と化していた。



第一話「おんなぐも」

その女生徒は、学校に忘れ物を取りに戻った。
宿題が出ていたので、どうしてもその問題集が必要だったのだ。

無事に問題集を見つけた女生徒は校庭に出た。彼女はお昼の校庭とは違う薄暗い天井を見上げた。いつもの校庭の天井は巨大な照明から放たれた光が溢れているが、今はその光も10%以下に落とされている。
校庭の真上に建てられた学校とは関係のないビルは昼間でも完全に太陽光を奪い、その左右から漏れる光も、学校の回りに幾重にも重なって建てられたビル、マンション、各種施設、民家、道路、歩道に遮られている。
そして、この学校じたいも巨大マンションの上に建設された物なのだ。彼女はこの薄暗い雰囲気のせいで学校で噂されている「七不思議」のひとつを思い出した。

下校チャイムが鳴った後、校庭に残っていると女蜘蛛が現れる・・・。
蜘蛛女ではない。女蜘蛛なのだ。

女性徒は、女蜘蛛とはどんな姿をしているのだろう、と想像した。
噂では人間の女の顔(それもとびきり美人)と蜘蛛の体を持つ妖怪だと言う。
また別の話では、女「蜘蛛」とは言うものの実はタコに近い体で、人間の頭(これも超美人なのだそうだ)を持つ生物だと言われる。

そして、それに出会った者は、その女蜘蛛にこう聞かれるそうだ。
「あなたは、美人になりたい?」
これに「いいえ」と答えると、蜘蛛女は、「そう、残念ね」と言い、お尻の針で一刺しされる。
全く痛くないのだそうだ。そして女蜘蛛はさっていく。
そして、将来その少女は美人にはなれない。美人だった人もブスになっていく。

でも、この質問に「はい」と答えると、「じゃあ、その願いを叶えてあげる」と言って、襲いかかってくるのだ・・・。
女蜘蛛に襲われて噛まれた女は、将来とびきりの美人になるのだが、
体は女蜘蛛になって一生ビルやマンション、道路や階段の隙間や影で暮らさないといけないのだ。

これでは、どう答えても助からない。つまり、出会った時点でアウトなのだ。

でも、第三の選択と言うのもないこともない。例えば、何も答えず走って逃げる・・・。
つまり、どちらも選択しなくて済む訳だ。

そんな事を考えながらその女生徒は校門に急いだ。
彼女もそんな都市伝説を信じている訳ではない。
―――嘘に決まっている―――その証拠に、この学校の「七不思議」以外にも女蜘蛛の話は噂されている。内容は大体同じだ。
生徒が勝手にこの学校を舞台にしただけ。
そして、女蜘蛛の存在自体も嘘・・・。
昔からこの手の都市伝説はあったのだそうだ。
田舎のおばあちゃんから直接聞いた話では「飛び女」とか「逆立ち女」とか「這い女」の噂があったそうだ。
「這い女」は、頭が人間の女で、体が蛇なのだそうだ。そして、蛇のように体をうねらせながら、人間が走るのと同等の速さで追いかけてくるのだ。
そのおばあちゃんのおかあさん、つまりひいおばあちゃんのスナップDVD動画では、「口裂け女」とか「トイレの花子さん」の話も聞いた事がある。
それより前は・・・。
彼女はそれより前は詳しく知らなかった。
それ以前はまだ動画で「話」や「物語」を子供や孫に残す事が一般的な事ではなく、と言うか、動画を残す技術が発明されていなかったのだろう。
それ以前のスナップ動画は残っていない。紙に印刷された写真という動かない姿の画像だけだ。これでは話は聞けない。
でも、それより前にも「雪女」とか「お岩さん」とかがいたらしい。これは少し違うのかな?


そんなことを考えながら、ふと天井を見上げると、天井に何かが蠢いていた。
小さく見えるが、それは校庭の天井が高いだけで、実際は人間サイズだろう。
でも、暗くてよく判らない。
普通、街の天井は上に建てられたマンションや一般の家、雑居ビルの底面なので、排水パイプとか、電気系統の束を包んだ管などが入り乱れていて複雑な形状をしている。
しかし、ここは学校なので、上に建てられた構造物の底は白い平面になっていて内部機構は最小限に抑えられていた。
それら数少ない凹凸を足がかりにして何かがぶら下がりながら移動しているのだ。
そんな動く物体を校庭の天井に見るのは珍しいかったので、彼女はびっくりした。
昼間に点検のおじさんがぶら下っていることはあるけれど、こんな時間に見ることはない。
まるで、天井に貼り行く「蜘蛛」のようだ。
「蜘蛛!?」
オ・ン・ナ・グ・モ・・・。

女生徒は、走り出した。
女蜘蛛に出くわしたら、終わりだ。
ブスの人生か、住所不定の妖怪人生。
女の子にとってこれほど怖い話はない。
嘘で有ろうと無かろうと、確かめる気はない。
女蜘蛛に質問される前に逃げ切れば何とかなるかもしれない。
そもそも、妖怪には出会いたいとは思わない。
女生徒は必死で走った。

校門まで、あと15メートルに迫った時、ふと上を見た。
女蜘蛛が、天井と地面の半分の位置まで、降りて来ていた。
どうやって降りてきているのだろう、と言う疑問など浮かんでこなかった。
飛び降りているのではなさそうだ。蜘蛛なのだから、やはり糸でぶらさがりながら降りてきているのだろうか。
女蜘蛛は頭を下にして、顔をこちらに向けている。
確かに美人!かすかな微笑みをこちらに向けている。
女生徒は必死で走った。

校門まで、あと5メートル。
ちら、と上を見た。

女蜘蛛の顔がすぐ目の前にあった。
うわ!

学校の外に出れば安心という訳ではないのだが、女生徒は、外まで逃げ切れば、なんとかなると思った。
女生徒は、校門の外に向かってヘッドスライディングした。

間一髪、彼女は校門の外に出た。

彼女は顔を上げ、校門を振り返った。
そこには何もいなかった。ただ薄暗い校庭があるだけ。
女蜘蛛から逃げ切ったのだ!!


しかし、頭を上げた女生徒の顔は、ヘッドスライディングで地面に擦り付けたため、
顔の皮が剥け、鼻の骨が潰れていた。


第二話「生首」へ

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