2008年10月29日水曜日

あしたを知らない私へ

その日、私が目覚めると、私が眠っていた。
アレ?
私はまだもうろうとした意識の中で、必死に頭の中を整理した。
私が今目覚めて目を開けると、「私がベットで眠っている姿」が見えているのだ。
私の体はベッドの上ですやすやと眠っている。
その光景を私が真上から見下ろしている。と言うことは、私は天井付近で下向きに浮いているコトになる。

私は、私がどうなっているのか、浮いている自分の体を見ようとしたが、それはできなかった。
私の体は透明で、いや、そもそも私は物質として存在しないのかもしれない。意識というか、考えたり見たりすることのみ可能な存在らしい。 
そうだ、私は幽体離脱したのだ。
 死にかけた人が病院で治療を受けているのを、死にかけている本人が見ていたり、瀕死の重傷でベッドに寝ている間に遠く離れた色々な場所に行った話をよく聞く。
そうすると、私は今、死にかけているのだろうか?
 いやだ。死ぬのは嫌だ。まだまだ、やりたいことはある。というか、まだやりたいことを何ひとつやっていない。嫌だ、嫌だ、死ぬのは嫌だ。絶対に嫌だ。
 嘆いている場合ではない。
私は何とか「死」を回避しようと、私の体に戻ろうとした。
私の意識を私の体に戻せば、なんとかなるのではなか? 私は私の意識を、私の体の頭部めがけて、体当たり(意識当たり?)させてみた。
 しかし、私の意識は私の頭を素通りしていしまい、私の意識はベッドの下まで通過してしまった。ベッドの下から慌てて浮上し、改めて体当たりしてみた。結果は同じであった。私は私の中に戻ることはできなかった。 どうしょう。私は死んでしまうのだ。いや、もう死んでいるかもしれない。
短い命だった。こんなに突然死が訪れるとは思ってもみなかった。
死因は何だったのだろうか?昨日食べた牡蠣にでも当たったのだろうか?今更どうすることもできない。おとうさん、おかさん、先立つ不幸をお許しください。
一旦、覚悟を決めてしまうと、私は妙に平安な心境になった。
その時、目覚まし時計がけたたましく鳴り出した。私はでんぐりがえった。 
すると、今まですやすやと眠って、おそらく生死の境を彷徨していたと思われる私の体がモゾモゾと動きだした。
 私の意識はここにあるのに、私の体が勝手に動きだしたのだ。条件反射だろうか? 日々の習慣とは恐ろしいものである。 
私の体は目覚まし時計を止めて起き上がると、うーん、と伸びをして、階下に降りて行ってしまった。私は慌ててその後を追った。どうやら、私の意識は自由に移動できるらしい。 
私の体は朝食を食べ、洗顔し、家族に「行ってきます」と言って、そそくさと家を出た。条件反射にしては、私の体の行動はしっかりしている。 私の意識は、とりあえず私の体を追って、空中を飛んだ。
  

地下鉄M線のラッシュは殺人的で、私の体は他の乗客に埋まっている。
車両自体が乗車率100%以上の混み具合であるが、以前から、私の回りだけその更に倍の密度であるような気がしていたが、上から見ると、やはりそのようである。私の意識は他の乗客の頭の上をフワフワと、とっても気持ちが良い。 私の意識は他にすることがないので、フワフワと隣の車両に移動した。 そこで、私は「あっ」と叫んだ。 と言っても、私の意識に発声器官は付いていなので、心の中で叫んだ。 
私の初恋の相手、ゆうき君がいたのだ。ゆうき君はスーツ姿で、サラリーマンらしい。 
高校卒業以来ゆうき君に会ったことはない。 
私は高校卒業と同時に父の仕事の関係で関東から関西に引越しした。大学もそれを見越して関西の大学を選んだ。父が私ひとりを関東に残すことに反対したのだ。 仲の良かった仲間2,3人としか連絡を取り合っていなかったが、ある時、携帯電話を紛失してしまい、連絡先を携帯電話に全てたよっていた私は、親友の妙子以外ほとんど連絡が取れない状態が続いていた。
勿論、先方から電話やメールを貰えば、携帯電話の番号を変えていないので、連絡は取り合える。しかし、妙子以外は新しい生活が忙しいかったのだろう、連絡がないまま数年が経過してしまった。
 例外は、一番の親友の妙子だけだが、妙子も他の友達とは疎遠になっているらしい。皆、新しい生活に忙しくて、その内連絡もつかなくなったらしい。だから妙子も、ゆうき君が関西にいるということは知らないのだろう。 私の意識はゆうき君に近づき、ゆうき君が読んでいる葉書らしきものを覗きこんだ。
 
拝啓、第72期○○高校卒業生の皆様。ますます御清祥のことと存じます。
今回○月○日、17時より東京●●ホテル7階において、同窓会を開催したいと思います。ご出席の通知を返信用葉書にてご連絡頂ければ幸いです。敬具           第72期卒業 滝川妙子   090―××××―××××

○月○日というと、明日ではないか!私はそんな葉書は受け取っていない。

2,3日 前に妙子と電話で話した時も、そんな話題は出なかった。どういうことだろう?そもそも妙子がゆうき君の連絡先を知っているのは何故?妙子はゆうき君の、いや、ゆうき君以外の高校同窓生の動向も大学卒業後の動向ほとんど知らないと言っていたのに。しかし同窓会の幹事までやっているのだ。
 私は葉書の裏側に回り込んだ。私の意識は物質的には存在しないのと同じなので、たやすいことであった。 葉書の裏側にはゆうき君の現在の住所が書かれていた。やはり関西に在住しているらしい。この地下鉄の沿線である。いつもこの線に乗っているに違いない。こんな近くにゆうき君がいたなんて・・・。
ゆうき君はH駅で下車した。私も私の体を残したまま、ふわふわと下車した。
ゆうき君は、駅を上がったところで携帯電話を取り出した。そして、葉書に書いてあった妙子の携帯電話番号をプッシュした。
「あ、もしもし。滝川さんですか?今、いいですか?」私は声を聞き取る為、ゆうき君の顔に近づいた。 
「・・・・・・・・返信を出し忘れて、今になっちゃった。もう明日だし早い方がいいかなと思って・・・・・・明日出席したいけど、いいかな」 
私は妙子の返事を聞き取る為にゆうき君の顔に更に近づいた。もうくっついているようなものだ。ついでにキスしちゃえ。 
「もちろんよ。待ってるわよ」 まぎれもなく妙子の声だ。
「じゃあ、あした」ゆうき君がそう言った瞬間、私の視界が一瞬、真っ暗になった。
と次の瞬間、私の目の前にあったのはゆうき君の顔ではなく、妙子の顔であった。
私はひっくり返った。 
「じゃあ、明日」妙子がそう言った。 
私は訳が判らず、周りを見渡した。
ここは今までいた大阪H駅地上ではなく、妙子の部屋らしかった。
どうやら携帯電話の電波に乗ってここまで飛んできたらしい。それしか考えられない。
 
妙子は電話を切ると、新たに携帯電話をプッシュし始めた。
 「幸子?私、妙子よ・・・・・・でね、ゆうき君来るって。今、電話があったの・・・・」幸子は妙子と共に仲の良かった友達である。 
「・・・え?麗美香?れみっちは、まだ見つかんないのよ・・・・」
れみっちコト麗美香は私のことである。どうやら私は行方不明ということになっているらしい。
何でそんなこと言うのよ、妙子。
私が携帯電話を紛失したのは、大学をした年、妙子が大阪に遊びに来て会った日だ。二人で遊んだ帰りに家に電話をしようとして、紛失したことに気がついたのだ。さてはあの時、妙子が・・・・。
妙子は直ぐに私の携帯電話で、地元で私が繋がりのある友達に「携帯電話の番号を変えます」とか何とかメールを打ったに違いない。それとも、地元に帰ってから私の携帯アドレスに入っている友達の携帯電話も盗んだに違いない。
私の地元情報網を断ち切る為に。妙子はあれ以来、私を騙していたのだ。なんとかして妙子に騙されていることを私に、私の体に知らせなくては。とにかく大阪に帰るのが先決だ。私はふわふわと飛びながら、妙子の家を後にした。

適当に電話をしている人を見つけ出し、携帯電話の音声を受けるポイントへ体ごと(意識ごと?)突っ込んだ。一瞬の暗闇の後に、通話相手の目の前に私は現れた。勿論、誰にも私の姿は見えないが。
私の出現場所は同じ東京だったり、神奈川だったり、名古屋だったりしたが、数回繰り返すと、大阪に無事戻れた。

私は電車に無賃乗車して、私の会社に向かった。
会社に戻ると、私の体は普通に仕事をこなしていた。
今朝試してみたコトだったが、もう一度、私は私の意識だか、霊だかを私の頭にぶちつけた。しかし、私の意識は私の頭をすり抜けるだけであった。
どうしよう。やっぱり戻れない。
でも私は諦めなかた。私は意識を私の頭に戻して、明日は必ず同窓会に出席し、ゆうき君と再会したいのだ。
私が悪戦苦闘している最中、突然、私の意識の中に大量の情報が入り込んできた。それは凄まじいショックで、稲妻に打たれたのかと思った。
しかし、それは一瞬の出来事で次の瞬間、誰かが私の意識に直接話しかけてきた。
「ああ、びっくりした」
「ひえー。あ、あなたは誰ですか?迎えが来たのですか?」この時私は、やはり私は死を目前に控えていて、天国から迎えが来たのかと思ったのだ。
「あなた、江坂さんでしょう?」
「だ、誰なのですか?何で私を知っているのですか?」
「私は後藤ですよ。所長の後藤です」
「えー!後藤所長ですか?」
後藤所長とは、私の会社の開発部門の責任者だ。
「あ、今動かないで。私の意識とあなたの意識が重なり過ぎると、お互いの意識や考えがごちゃ混ぜになり、訳が判らなくなります。意思伝達を行うには、ほんの少しだけ意識同士を接触させるだけで良いのです」
「後藤所長も幽体離脱したのですか?」
「幽体離脱か、うまい表現だね。ちょっと違うけど。昨日、江坂さんは開発部門で製作した新製品“脳スキャン・3Dホログラム”の実験台になったよね。我々、つまり、意識だけの存在は実験の時にスキャンされホログラム化された脳の“残像”なんた」
「ざ、残像・・・」
「実験の時、特殊な光を脳に浴びせるのだけれど、数時間後にその脳の残像が空間に焼きついてしまうらしい。だから、隣の研究室やこの部屋には開発段階で実験台になった私の脳や田中君や高木君の脳の残像がまだ幾つか残っているよ」
「残っているというと?」
「皆、どこかに出かけていったよ。こんな透明人間みたいになれることなどないからね」
「でも、こんな副作用があるのに新製品を改良しないのですか?」
「そもそも、こんな副作用があるなんて、誰も気が付いていないんだ」
「自分の体に戻ればいじゃないですか。そうだ、早く戻り方を教えてください」
「我々は残像なんだ。元々体の中にあったものが抜け出た訳じゃない。だから、戻ることは不可能なんだ」
「ぎぇー。一生このままですか!!」
「一生じゃない。いや、この意識の一生という意味において一生だが・・・。残像意識は単なる残像だから、徐々に薄れていって、しばらくすると消滅してしまう」
「びょげー。消滅・・・する」
「そう消滅する」
「どの位の期間で消滅するのですか?」
「実験時の光の強弱によって1ヶ月から数時間ってとこかな。江坂さんの時は低いレベルだったから・・・たぶん、6時間ぐらいかな」
ろ、六時間・・・。私の意識の一生が6じかん・・・。もうほとんど残りがない。
「私、どうしても私に伝えたいコトがあるんです」
「それも無理だ。私もこのような副作用があることを私自身や部下に伝えたいと思ったが、やはり無理のようだ。私の意識の先輩である私の初代意識から順繰りに伝えられたところによると、開発初期段階から、この副作用が発生していたそうだ。その頃から何とか、生きた本体にそれを伝えようしたが、無理だったらしい。でも、伝えたいことって何?」
「私、友達に裏切られていたんです。この意識だけの体になって初めてそれがわかったんです」
「なるほどね。江坂さんならありそうなことだね」
「え?」
「江坂さん、お人よしなところがあるからな。私もこの意識体になって知ったけど、江坂さんは会社の女子社員全員から騙されているよ」
「えーーーーーー!でも、左藤さんも木村さんも吉本さんも皆優しいですよ」
「そりゃあそうさ。江坂さんは素直な性格で疑うことを知らないからね。先日、いきなり東大阪事務所に使いに行かされただろ」確かにそんなことがあった。
「あんな雑用は何時でもいいんだ。でも、あの日は社長の御曹司が訪問する日だったんだよ。江坂さんがいたら、他の女子社員は誰も太刀打ちできないから、江坂さんは女子社員共通の敵なんだよ。だから、本当は何時でもいい用事を押し付けて、江坂さんをあの時間帯に会社にいないように追い出したんだ。本当だよ。左藤さんと木村さんがトイレで相談しているのを聞いたんだから」
私の留守の間にそんなことがあっただなんて、今まで知らなかった。
しかも、私はあの時、仕事をサボれると思って喜んで出かけたのだ。
私って何てお人よしなのか?
後藤所長が何故トイレでの女子社員の会話を知っているかはこの際、聞かないでおこう。
「でもね。多かれ少なかれ、皆、同じなんだ」
「同じ?」
「そう。同じ。私は“脳スキャン・3Dホログラム”の完成のめどがついたら何か理由をつけられて会社を追い出されるみたいだ。上層部が興信所に依頼して私の身辺を調査して弱みを探している。弱みが見つからなくても強引に造り上げる予定らしい。みんな知らないところで、知れば怒りだすようなことが起こっているんだよ」
「えー。そんな・・・」
「そろそろ江坂さんのタイムリミットが近づいているみたいだよ。意思の伝達が弱くなってきている」私はそれを聞いて、慌ててパソコンに向かっている私の本体に向き直った。私は諦めずに、パソコンに向かっている私の頭部めがけて意識の体当たりを始めた。何度も何度も繰り返した。
しばらくすると意識が朦朧としてきた。それでも私は諦めなかった。明日はゆうき君に会うんだ。
そして、後藤所長は誰でも同じだと言うけれど、そんなことで納得はできない。
記憶を私に伝えて左藤さんや木村さんや妙子に仕返ししてやる!
そして、明日は絶対ゆうき君・・・・再会・・・・・。
絶対の絶対に・・・・私の初恋のゆうき・・・・再会・・・・。

そして、私は消滅した。  


――――――終わり――――――


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